タロットマスターズワールド
タロット早わかりコーナー
タロット史と代表的なタロットについて、わかりやすくお伝えしてまいります!
これであなたもタロット通
14世紀
史実以前のタロット

 タロットが歴史に初めて登場するのは、1392年。フランス国王シャルル6世の会計帳に記載された「金色や様々な色で描かれた56枚の遊技札」について、それらを3デッキ作成したことで、画家ジャクリーン・グランゴヌール(Jacquemin Gringonneur)に、6枚のペルシャ硬貨を支払ったという記載がそれなのです。

 タロット研究家のコンスタント・レーベルが、深く考えずに、この記入事項をパリ国立図書館に保存されているタロット札と関連させたのでした。後に多くの専門家たちが詳しい調査を行い、実際に図書館に保存されている札は、
イタリアにおいて、推定1469〜1471年にエステ家のボルソ・デ・エステ(Borso d'Este)公爵のために作成されたもの(※1)であることが判明するに至りました。

いわゆる「シャルル6世の遊技札」は、現存せず、出納帳上のものとなっています。

 ※1)ボルソ公爵を讃え、また、公爵を全ての敵から守るためにとデザインされた真のまじない札(お守り)であることが判明しています。その17枚の札に、現代のグラフィック技術を用いて復刻・再現された5枚が加わり、現在「ゴールデン・タロット・オヴ・ルネッサンス」の名でよみがえったタロットが、イタリアのロ・スカラベオ社から販売され、私達の身近にも出回っています。

 
ゴールデン・タロット・オブ・ルネッサンス エステンシ・タロット
Golden Tarot of Renaissance/Lo Scarabeo社製
上)Tarot dit de Charles VI Paris, Bibliothque Nationale de France.
作者不明、イタリア北部、15世紀末。シャルル6世の画と言われたタロットカード
パリ、フランス国立図書館所蔵。下記は、内6枚の写真.。書籍「TAROT CLASSIC」byStuartKaplanより


 ボルソ・デ・エステ公爵がパラヅォ・シファノィア(Palazzo Schifanoia)宮殿のホールに描かせたフレスコ画からヒントを得て完成することができた22枚は、中世美術を愛好するタロットファンから絶賛されています。
 パリ国立図書館に保存されている17枚の札において、タイトルがなく配列順序を示す数値も記されていません。

 フレスコ画の作者Pellegrino Priscianiは、教養豊かで哲学を学んだ人間で、中世ルネッサンス文化の最中に広まった魔術や占星術の学術論文を取り入れ、絵柄をデザインしています。そういった文献も、現代のエステンシ・タロットのデザインに影響を及ぼしており、また、それぞれの札に相応しい絵柄について、占いの専門家の意見も採用しているとのことです。

 以上、現存しない最古のタロットとおぼしきデッキが、1392年、フランス国王シャルル6世のために作られた絵札であることをお伝え致しました。
15世紀
現存する最古タロット登場!

 初期のタロットは、テンペラ画(油絵の一種)により、カードボードに描かれた重厚な作りで、カードと言えども、ポストカードのサイズよりもさらに大きい絵札でした。現存するヴィスコンティ版の各札には、絵札を壁に留めて観賞していたことの名残である、留め穴が残っています。
 これらの絵札は、絵の鑑賞技術を競い合う宮廷遊技に使用されていたと思われます。どれだけその絵について、鑑賞力を持っているか、現在では、図像解釈学(イコノロジー)、図像学(イコノグラフィ)という美術の分野が存在しますが、そういった知識を競い合うゲームを、宮廷内で王侯貴族たちが楽しんでいた事実が、美術史には登場してまいります。この宮廷遊技のために作成されたのが、最古のタロット、ヴィスコンティ版です。

 現存している最古のタロットは、
推定1428〜1450年イタリアのヴィスコンティ家&スフォルツア家の一族のために作成された、ヴィスコンティ・スフォルツア・タロット、通称ヴィスコンティ版です。

 イタリアは
ミラノの第三代公爵となったフィリッポ・マリア・ヴィスコンティと、サボイ家のマリア1428年に結婚したことを祝して作成されたという説が主流です。フィリッポ・ヴィスコンティにとっては、実はこれは初婚ではなく、再婚。。前の結婚は「姦通罪」などというものものしい嫌疑が女性のほうにかかり破綻していたのでした。

 下記、ヴィスコンティ版の原点と言われる
キャリー・イェール・ヴィスコンティ・タロット(CARY-YALE VISCONTI TAROCCHI DECK)。 
キャリー・イェール・パックは、米・コネチカット州のイェール大学図書館のキャリー・コレクションの中に保存されており、11枚の大アルカナと56枚の小アルカナ、合計67枚が現存しています。


「Lovers/恋人たち」の札


※1975年にグラフィックス・グーテンベルグ(Grafics Gutenberg)社と米国のユーエス・ゲームズ(U.S.Games)社によって復刻されたものです。
 
 さて、ヴィスコンティ・スフォルツァ家の一族は、ルネッサンス期に活躍した著名な画家たちのパトロンとしても知られています。彼らはこのタロットについても、画家に依頼し、いくつかのヴァージョンのタロットを作らせています。

 下記「ピエールポント・モーガン・ベルガモのタロッキ」は、現存するヴィスコンティ・スフォルツァのタロッキ・デッキから本物の色調を用いて複製され、ヴィスコンティ版のほぼ原典として注目を集めています。

ピエールポント・モーガン・ヴィスコンティ・スフォルツァ・タロット
(PIERPONT-MORGAN VISCONTI-SFORZA TAROCCHI DECK)



 イタリアのミラノ第三公爵、フィリッポ・マリア・ヴィスコンティと妻の間には子供が一人も生まれませんでしたが、1423年に、愛人のアグネス・デル・マイノとの間に、一人娘
ビアンカ・マリア・ヴィスコンティを授かるに至ります。年代表記はデッキの解説書によるものですが、つまり前の結婚当時から既に愛人がいたということになりますが、日本の武将のようなもので、当時としては珍しい事ではなかったのでしょう。

 1441年にフィリッポ・マリアの爵位を継ぐべく、ビアンカの元へ婿入りした騎兵隊員
フランシスコ・スフォルツァを祝して、つまりヴィスコンティ家とスフォルツア家との婚姻関係を祝して作成されたのが、このベルガモ・パックであるという説が有力です。

 或いは、フィリッポ・マリア・ヴィスコンティから娘のビアンカ・マリアへの結婚10周年記念日を祝して作成されたという説も流れています。そうなると、これは1451年頃作成されたことになります。

 或いは、婿入りしたもののすぐには爵位を継承できなかったフランシスコ・スフォルツァが、1450年にようやく、正式な公位継承権を持たことを記念して作成されたという説もあります。

 このように、作成年代には諸説があり明確ではありません。


15〜17世紀はタロットの変動期!

 イタリアでは15世紀以降、フランスとスイスでは16世紀以降、そして、ドイツや他の多くの国々では18世紀以降、タロットカードについて、おびただしい数の資料に言及されるようになりました。特にフランスでは、何らかのゲームのために使用されていたタロットゲームについてを伝えられているとのことです。

 16世紀の初め、フランスが、ミラノに侵攻、征服したことにより、ミラノからフランス、スイスにタロットゲームが伝わりました。イタリア以外のヨーロッパのどこでも、トランプの並び方がミラノ式なのは、このためです。

 残念ながら、日本ではまだこういった資料についての情報が少なく、海外の研究家の見解をこうして皆様にお伝えすることができるという状態です。

 
※遊び方のルールについて(17世紀の最も古い印刷物より)
 トリック・テイキング(カードゲームのジャンルの一つ)の一種です。trionfi(mattoを除く)は、常にトランプとなります。プレイヤーは、前のプレイヤーと同じスートの札を出すか、それができない場合でトランプを持っている場合には、トランプを出さなければなりません。mattoには、トリック(その回の勝負)を勝つ力はありませんが、前のプレイヤーと同じスートかトランプを出さなければならないとの義務に関係無く、いつでも出すことができます。通常の場合、mattoは、そのトリックの勝者、すなわちmattoが出された相手、に取られるのではなく、mattoを出したプレイヤーが獲得したカードと一緒にされます。各トリックを1点として得点を数えますが、トリックで獲得したカードに応じて追加得点が与えられます。スートカードの中で、そのような追加得点が与えられるのは、コートカードだけです。ジャックには1点、ナイトには2点、クイーンには3点、キングには4点が与えられます。トランプカードの追加得点については、初期の頃から、差があったようです。つまり、得点が高いトランプと、得点が低いトランプがあったのです。また、mattoについては、常に、4点かそれ以上の高得点が与えられていました。他にも1枚かそれ以上の枚数のトランプに、mattoと同様の高得点が与えられる場合もありました。


 いずれにしましても、この時期に、先に述べました、ヴィスコンティ版とは、明らかに「使用目的」が違うタロット、が広まったということになります。 

 それは、トランプゲームにも似たゲーム、或いは、賭博、ギャンブルに使われるタイプの「タロット」ということになります。カギカッコをつけるのは、どういう時代のどこの「タロット」について語っているのかが重要になってくるからです。この辺の認識の違いによって、タロットとはどういうものか、ということに結構論議がかもし出されてきてしまうのです。

 しかしこのように整理しながら、その時その時の「タロット」について語ることができれば、これだけの少ない歴史的な情報しかない
「タロット」です。多くの論議などかもし出すことはないはずです。
17世紀
木版画のタロット登場!
ルネッサンス期に発達しだした印刷技術により、手描きのタロットから、プリントされた印刷物としてのタロットが普及してゆきます。手軽に卓上で遊べるタロットゲームも流行り出します。17世紀フランスにおいて登場した木版画のタロット、通称「マルセイユ版」が一世を風靡するに至るのでした。新たなタロットの伝統の幕開けです。

 「マルセイユ版/Tarots of Marseille
」とは、 いわゆるは、1650〜1700年頃にフランスで輩出されている木版画のデッキの総称です。マルセイユ版とひとことで言っても、数種のバージョンが発表されています。

これらについて詳細は、マルセイユ版研究室その1 その2 でご確認いただけます。


 フランス人が行なった最も重要な革新は、それぞれのトランプとコートカードの下に、その名前を書き込んだことです。カードに書かれた言葉がフランス語であることから、タロットゲームがフランス語圏から伝わったことが分かります。

 最も標準的なタロットパック、すなわち、名高いマルセイユ版タロット(それが多数作られた都市から名付けられました)のデザインは、明らかに、15世紀から17世紀のミラノで、大衆向けのタロットパックに用いられた標準的な図柄を踏襲しています。細かな違いは見られるものの、多くの点で、マルセイユ版は、その原型に極めて忠実です。

 1700年以降、フランスで盛んだったタロットゲームが衰退し、東部地方以外ではほとんど見られなくなってしまいます。

 タロットのみならず、多くのゲーム、ギャンブル、遊技が規制されるようになったからです。国家闘争が増す中、国家権力に絡むローマ・カソリック教会の意図もあったことが伝えられています。
 ヨーロッパのドイツ語圏では、「教皇」「女教皇」が「ジュピター」「ジュノー」に置き換えられた「ブザンソン版タロット」などが出現しています。


〜18世紀
オカルト、魔術、占いとしてのタロットが流行!

タロットとは、観賞ゲームであり、ギャンブルのようなカードゲームでもあり、魔術や占い、精神修行に使用される道具でもありと、様々な使用法がなされてまいります。そして徐々に見て美しい、やってよく当たると評判の「占い道具」としてのタロットが使用法としては主流になっていくのです。

 1781年のフランスにおいて、アントワーヌ・クール・ド・ジェブランによる未完の大著「Le Monde primitif」第8巻において、著者は、古代エジプトの僧侶らが、彼らの信仰の教義をシンボルによって密かに伝えるため、遊びの道具に見せかけて、タロットを考案したと主張しました。また、タロットによる占いの方法を発表したこともあり、18世紀フランス辺りから、タロットのオカルト的、魔術的、占い的な使用が広がってゆきます。クール・ド・ジェブランは、フリーメーソンや啓蒙思想家らと親交があり、エジプトの僧侶がタロットを編み出したことについては、そういったオカルトの分野で培われてきたあくまでも仮説であり、確証はありません。

20世紀
第二次世界大戦後に再びタロットが流行!
 第2次大戦後、再びタロットゲームがイギリスで大流行!またフランス全土でも行なわれるようになりました。
 そう、ウェイト版が登場し、世にタロットブームを巻き起こしたのです。
 ライダー・ウェイト版Rider-WaiteDeck とは、神秘思想、宗教、魔術、心霊研究家として知られている、アーサー・エドワード・ウェイト(Arther Edward Waite)博士の創作タロット。ライダー社より刊行され、ライダー版とも呼ばれます。

 カバラの教義体系「生命の樹」に、大小78枚のアルカナを対応させて作られているのが特徴。欧米で絶大な人気を誇り、現在世界で最も愛好されており、スタンダードなタロットとして知られています。
 

以上、このくらいのことを網羅しておくと、タロット学習も鑑定もより一層面白みが増すことでしょう。

参考図書)
The Viscnti-Sforza TAROT CARDS/Michael Dummet(マイケル・ダメット)
ヴィスコティ・スフォルツアのタロット(ステラ・マリス・ナディア・オフィス刊)
その他資料)
2007年11/14「日本易学連合会研究会」講演内容より
日本タロット結社会報誌掲載寄稿「タロットの真実」/井上教子


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